ののこが急逝しました。
詳しく理由を書くのはとても難しいです。様々に状況が変わり都度手を尽くしていただきましたが助ける事は出来ませんでした。今のこの気持ちを表す言葉を私は知りません。ののこを失ってから爆発的に泣き叫んだり急にスンと落ち着いたりを延々と繰り返しています。
今日1月11日はののこの葬儀でこれを書いている今火葬中です。私達の元にまた違った姿で戻るまで1時間以上かかるのでその間にののこへの手紙をここに残しておこうと思います。
しじみを見送る時は感謝や愛を綴った手紙を書き、今回も同じです。しじみに書いた手紙は一緒に持っていって貰ったので残していませんし、ののこも同じです。けれど今回は直前で思い直し写真を撮りGoogleテキストに変換して貰い残しました。
あくまでもののこへの手紙ですし普段なら公開など考えませんが、あまりにも突然のお別れでありののこへの思いを残しておきたくそのままここに掲載します。今思うと他にも沢山言いたい事があったし思いつくままに書いたのでめちゃくちゃな文章です。
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ののこへ。
ののこ、あなたに出会えて私は本当に幸せ者です。 のんちゃんみたいな子、他にいる?
最初はあなたを譲渡するつもりだった。 ほんの子猫だったあこみこを早く譲渡したかったから何事もののこが後回しになっていたね。
あなたは前の環境でも、そして領かり猫としてウチに来た時もずっと控えめで静かに過ごしていたね。最初に公人君がののこと家族になりたいと言いだした時私は反対したし、しじみの事を考えてとても迷ったんだよね。
でも、頭の中で離れられない事もわかっていた。 正式に家族になったのは2016年8月6日(土)。
それから9年と5ヶ月、一緒に過ごして来たんだね。 大人しくて自己主張はしないけれど、私への愛は真っ直ぐに伝えてくれたね。痛いほどに気持ちが伝わってきたよ。
一緒に眠る様になった日の事を覚えてる? しじみと眠る私達と一緒にいたくて、ベッドの下で声を掛けて欲しくてずっと見ていたね。
「おいで」と何度も呼びかけたら意を決して飛びのってきた。あの日から、私達はずっと一緒だった。私が病気の時はずっとそばにいてくれたね。
辛くてベッドで眠れずソファで寝ていた時もそばにいてくれたね。
夜、一緒にベッドに向かうのも
朝、一緒にリビングに向かうのも
当たり前の日常だけど毎日心が踊ってウキウキと楽しかった。
物静かで自己主張をしない、私と正反対のあなた。
ののこと出会えたことを本当に感謝しています。
愛しているよ。心から愛しています。
助けてあげられなくてごめんね。
1人で逝かせてごめんね。
検査だ治療だと無理をさせてごめんね。
いっぱいがんばってくれてありがとう。
私を愛してくれてありがとう。
私も心から愛しています。
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夫が書いた手紙には、りょっちゃん(私のこと)の面倒を見てくれてありがとうとありました。
ふふふ。そうですね。私はののこに本当に助けられました。私はののこを助ける事が出来なかったけれど。最後、病院で逝かせる事になったけれど。
ののこは2026年1月9日18時30分頃永眠しました。
何故か死後硬直はせず最後までまるで生きているみたいでした。
本日11日15時にしじみを送った時と同じ葬儀場の予約をし、それまでがののこと過ごせる最後の時間です。
片時も離れたくありませんが、お花は絶対に必要ですし少しも妥協したくありません。明確に白と薄いパープルのお花と決めていたので何軒も花屋をハシゴする羽目になり2時間ほどかかってしまいましたが、そこから先は出来るだけののこがいた頃と同じように過ごしたくて、ベッドに横たわるののこを可能な限り生ある状態のように扱いました。
夜は2晩共、一緒にベッドで眠りました。
私が朝のルーティン、ちょっとしたストレッチをしているときはグラファイトヒーターの前にいて貰いました。何事も遠慮がちなののこなのにグラファイトヒーターの独占欲は強く夫チーが一緒に使おうとするとちょっと嫌そうで、私がストレッチをして手を伸ばすのもちょい嫌そうでした。笑
それ以外はソファーで隣に並んでテレビを観ながら過ごしました。
2024年しじみを見送った時は上から下からキンキンに冷やしていたのと死後硬直でかちこちでしたし、部屋の暖房をつけるわけにいかないので震えながら過ごしたのを覚えています。
今回は下から冷やしてはいたものの、部屋の気温がそんなに低くなく、本当にののこが生きているかのように過ごす事ができました。
しじみの時は棺まで準備していて夫に驚かれましたが今回は心を含めてなんの準備も出来ていません。大好きなグラファイトヒーターの前にセレモニーの準備をすることにしました。

黒猫の、ののこに似合う可憐な白い花と優しいパープルカラーのお花たち。しじののちゃんのテーマカラー黄色もね。
手に持たせる様に選んだのは優しいののこに似合う優しいピンク色のチューリップ
お花のほかにお弁当を準備しました。もちろんののこ用ですが、しじみに会えたらお裾分け出来るようにこれ以外にもおやつをたんまり持って行って貰います。今思うと、ののこはしじみがいた時の方が食いしん坊のしじみにつられて良く食べていました。

ヒンヤリさせているべきですが朝は少しだけ一緒に毛布にくるまりました。すやすやと寝息が聞こえてきそうです。
最後の最後までたくさんたくさん愛を伝えて、たくさんたくさんキスをしました。頭の先から自慢の太長尻尾の先っちょまでキスをしました。何周したか分かりません。ののこは火葬に向かう直前まで柔らかく今にも呼吸しそうでした。しじみの時は写真を撮る事は出来ませんでしたが、何せいつもののんちゃんなのでたくさん写真を撮りました。
愛しているよ。心から愛しているよ。ありがとう。
最後になりますが、私の我儘で厳しい状態と知りつつ最後まで諦めなかったという既成事実を作りたく、アンちゃんにはSNSを通じてB型のドナー猫の呼びかけをしていただきました。そして、実際に血液型はわからないけれど、ののこが入院していた病院にドナー猫候補として連れてきて頂けるという方も現れました。すでに予約もとっていただき当日私も直接お礼をお伝えする予定です。本来、この辺りの事をきちんと書き残すべきですが今はののこの事しか考えられません。
アンちゃんにいただいたお花。今は違う形で一緒に暮らす事になったしじののの前に飾っています。
しじみの時は余命宣告を受け1ヶ月間、私達なりにしじみの最期に向けて全力で出来る限りのケアに努めるチャンスを貰えました。良く笑い話として、全く手がかからないのんちゃんがヨッボヨボになったらいきなりわがままになって鳴き叫んだりそこらじゅうにおしっこしたりして、もー!のんちゃ〜んなんて言いながらお世話をさせて貰えたら本望だね、と話していました。先の先のまだまだ先にそんなのんちゃんが見たかったです。私達はののことの未来しか見ていませんでした。
私達2人と信じられないくらいかわいい2匹。賑やかで笑いの絶えない楽しい家族でした。夫婦2人になっちゃって、どうしようね。
けれどいつまでも私達はしじののとお父さんとお母さんです。
