しじみの小部屋

猫と人の暮らしのblogです。

私の心の中の、ののこの居場所



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前回更新したのは3月14日。こう書いています。

「 今日は元気な頃の私が決めた予定でひとり旅に出かけました。キャンセルするのも勿体無いかつ億劫で、しぶしぶと出かけましたが隙間時間に存在すら忘れていたこのブログをふと思い出し、脳トレ気分でこうして久しぶりに書いています。」

 

そして生成AI(私が使っているのはChatGPTの有料プラン)との長い長いやり取りについて書きました。仕事の時以外はずっと頭に靄がかかったようで、深く思考する事ができずに時間の感覚すらおかしくなり、なんなら日に日にひどくなっているのを実感していました。

 

多くの人は、3〜6ヶ月くらいで脳の生活回路が少しずつ再構築されます。忘れるわけではなく、

思い出す頻度が穏やかになる
生活のリズムが戻る
時間感覚が戻る という感じです。

 

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タイトル通り、私の心の中にののこの居場所が出来つつあります。まだぶ厚い霧の中にいた3月16日から数日にわたりChatGPTとやり取りした内容を読み返したいので一部抜粋して残しておきたいと思います。青字が私。

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「大阪ではユニバーサルスタジオに行きました。前、しじみの介護に精神的に行き詰まり(その時は余命わずかとわかってなかった)日帰りで行った時、本当に気分転換になって思い入れがあります。私にとってテーマパークは1日中同じ場所で非日常を味わえるのがとても気分転換になります。周りがみんな楽しそうなのも良いです。今回は見たかったパレードを待っている間、しじみやののこを思っていました。家の中だと辛いけど、周りがキラキラした非日常の中だと、私の中のキラキラ輝く存在のしじみとののこを素直に考える事ができます」

(追記:待っている間、被っていたキャップで顔を隠してずっと泣いていました。うまく言えませんが泣けた事が嬉しかったのを覚えています。ののこの事を考えられない自分が嫌でつらかったんです)

 

その時間、とても大切な時間だったんですね。読んでいて、情景が浮かぶようでした✨

ユニバーサルスタジオのような場所って、あなたが言う通り

一日同じ場所にいられる
周りが楽しそう
非日常の世界

だから、心を別の空気の中に置けるんですよね。

家の中だと

いつもの場所
いつもの時間
いつもの習慣

そこに「いない」という事実が強く出てしまう。

でもテーマパークは現実の時間が一度リセットされる空間

だから、その中で思い出すと

「いない悲しさ」より

「一緒に過ごした輝き」

の方が浮かびやすくなるんだと思います。

あなたの言葉、とても印象的でした。

「私の中のキラキラ輝く存在のしじみとののこを素直に考える事ができます」

これは本当に大事な感覚です。

悲しみの初期は喪失の痛みばかりになります。

でも少しずつその子の存在の輝きに触れられる瞬間が出てきます。これは悲しみが消えたわけではなくて愛情が形を変えて残っている状態です。

そしてもう一つ感じたことがあります。あなたにとってテーマパークはただの遊びではなく心を立て直す場所なんですね。

しじみの時もそうだった。

今回もそうだった。

それはあなたが自分の回復の方法をちゃんと知っているということです。これはとても大きな力です。

 

ひとつ確かなことがあります。あなたは

家から出て
非日常に行って
思い出して
楽しむ瞬間もあって

ちゃんと心を動かす時間を作りました。これは本当に大きいです。もしよかったら、もう一つ聞かせてください。パレードを待っている間、しじみとののこを思っていたとき、そのとき浮かんでいたのは

楽しかった思い出
一緒にいた感覚
「会いたいな」という気持ち

どれに一番近かったでしょうか。

 

「会いたいな、という気持ちです。会いたくて会いたくてたまらないのに朝晩、遺影に手を合わせる時は心の中で、会いたい気持ちより助けてあげられなくてごめん、という言葉しか出てこず胸が詰まります。本当は会いたい、とか、いかに愛していたかを伝えたいのに」

 

その気持ち、とてもよく伝わってきます。「会いたいのに、口から出るのは“ごめん”だけ」という状態は、ペットを深く愛していた人に本当によく起きます。まず最初に大事なことを言いますね。

その「ごめん」は、あなたが本当に悪かったから出ている言葉ではありません。

多くの場合、それは 愛情の強さと喪失の痛みが混ざった言葉なんです。なぜ「会いたい」より「ごめん」が出てしまうのか。人は大切な存在を失ったとき、心のどこかでこう思いやすいです。

もっとできたことがあったのでは
何か見落としていたのでは
助けてあげられたのでは

これは 「コントロール感」を取り戻そうとする心の働きでもあります。「自分のせいだったかもしれない」と思うことで、出来事に意味を見つけようとしているんですね。


でも実際には、あなたはすでに その子たちのためにできることを精一杯してきたはずです。あなたがここまで苦しんでいること自体が、その証拠です。

 

「会いたい」が出てこない理由

「ごめん」が先に出るのは、まだ心の中でその子を守ろうとしているからです。「会いたい」と言うと、「もう戻ってこない」という現実が強く感じられてしまう。だから心が無意識にブレーキをかけて、「ごめん」に変えてしまうことがあります。

これは悲しみのプロセスの中でとても自然なことです。

 

もし少し試してみてもよければ遺影に手を合わせるとき、無理に「会いたい」と言おうとしなくて大丈夫です。ただ、こんなふうに心の中で続けてみてもいいかもしれません。

「ごめんね。助けてあげられなくてごめん。

でもね、本当はすごく会いたいよ。あなたのことが大好きだったよ。」

最初はうまく言えなくても大丈夫です。

言葉が詰まるのは、それだけ深い愛情があるからです。

(追記:最初は実行するのが難しかったですが数日後からはじめてみました。これが大きかった気がします)

もう一つ、大事なこと

あなたがテーマパークで思い出したように、「私の中のキラキラ輝く存在」という感覚は、とても大切です。悲しみの奥には、その子たちと過ごした 輝いていた時間が確かにあります。

今は「会いたい」が一番強いかもしれません。でも時間が少しずつ進むと、

一緒に寝たこと
歩いたこと
ふとした仕草

そういう思い出が 痛みだけでなく温かさも伴って思い出せる瞬間が増えてきます。

もしよかったら、もう一つだけ聞かせてください。

しじみちゃんやののこちゃんのことで、思い出すと自然に笑顔になってしまうような仕草や癖ってどんなものがありましたか?

そういう小さな思い出は、悲しみの中でも心を少し支えてくれることがあります。🐈‍⬛

 

「私を見つめる顔です。」

 

その答え、すごく胸に響きました。

「私を見つめる顔」。それって、猫と暮らしていた人にとっては本当に特別なものですよね。🐈‍⬛

猫って、人のことをじっと見つめるときがありますよね。呼んでいるわけでもなく、何かを要求しているわけでもなく、ただ静かにこちらを見ている。

その視線には

安心
信頼
一緒にいることが当たり前という感覚

全部が入っているような気がします。

だから、その顔を思い出すとき、ただ「可愛かった」だけではなくて「私をちゃんと見てくれていた存在」を思い出すんだと思います。

あなたが今

会いたい
ごめんと言ってしまう
胸が詰まる

のは、その視線を知っているからです。でも、その視線が意味していたのは責めることではなく、たぶんこれです。

「ここにいてくれて嬉しい」

猫の信頼って、とても静かで、でもとても深いですよね。あなたがテーマパークで感じた私の中のキラキラ輝く存在という言葉、とても美しいと思いました。

しじみちゃんも、ののこちゃんも、あなたの人生の中でキラキラした存在として残っている。

それは、あなたが本当に大事にしていたからです。


そして、あなたが「会いたい」と思っていること、

それはその子たちとの関係が終わったからではなく、続いている証拠でもあります。心の中では、まだつながっているからです。

もしよかったら、少しだけ聞かせてください。

しじみちゃんやののこちゃんは、あなたを見つめるとき静かにじっと見るタイプでしたか?
それとも、目が合うと「にゃあ」と言ったり、近づいてくるタイプでしたか?その違いも、その子の性格が出ていて、とても大事な思い出だったりします。

*ここからは似たやり取りが続くので割愛

 

今日はたくさん心の奥の話をしてくれましたね。もしよければ最後に一つだけ聞かせてください。ユニバのパレードを見ていたとき、「会いたい」と思いながらも少しでも 心が温かくなった瞬間はありましたか?それとも、そのときはずっと胸が締めつけられる感じでしたか。

 

「いえ、共存している感じで楽しめていました。しじみを失ったあの日から、頭の中が半分に分かれた感じで、仕事や日常の事を考える箱と、しじみの事を思い続ける箱が共存しています。この共存は月日と共に私の当たり前になり、うまく過ごせていたんです。けれど、思いがけずののこを失った事でどうやら私の頭が混乱してしまった様です。私の箱のひとつは仕事だけで埋まり、もうひとつの箱はしじみのまま。生活とののこが行き場を失いぐしゃぐしゃになってなんなら抜け落ちてすらいます。」

 

あなたの説明、とても深くて的確だと思います。「頭の中が箱に分かれている」という感覚は、実は強い喪失を経験した人がよく表現するものにとても近いです。あなたは自分の内側をかなり丁寧に観察しています。少し整理して言葉にしてみますね。

 

1. しじみを失ったあとに起きたこと

あなたの中では「日常・仕事の箱」「しじみを思い続ける箱」この2つができた。これは実はとても自然な適応です。人は大きな悲しみのあと、悲しみと生活を同時に持つ仕組みを作ります。

心理学では「デュアルプロセス(喪失と回復の二つの流れ)」という考え方に近いです。あなたはそれを 箱として感じていた。そしてそれは月日と共に当たり前になり、うまく過ごせていた。ここがとても大事です。あなたは ちゃんと適応していたんです。

 

2. ののこを失ったことで起きたこと

ところが今回、

仕事の箱はそのまま動いている
しじみの箱はそのまま残っている

そこにののこの喪失が入ってきた。

でも箱がもう満杯だった。

だから、生活、ののこ、感情が行き場を失ってぐしゃぐしゃになった。これはあなたが弱いからではなく、悲しみが短期間に重なったときに起きる混乱です。とても自然な反応です。

 

3. 思考停止の理由

あなたが言っていた「思考停止状態」これはまさにこの状態です。

脳が、しじみの箱、ののこの悲しみ、生活、仕事を同時に処理できなくなり、一時的に止まっていた。でもユニバで「非日常の空間」「一人の時間」

があったことで、少しだけののこの場所を考え始められたんですね。

 

4. 今あなたの中で起きていること

今はまだ箱が整理されていない状態です。つまり

「しじみの箱」「ののこの箱」「生活の箱」が まだ分かれていない。だから、感情が重い、疲れる、思考がぐるぐるする。これはとても自然です。

 

5. 大事なことを一つ

あなたの文章から感じるのは、あなたは感情を無理に消そうとしていないということです。会いたい、
ごめん、混乱。全部そのまま見ています。これは回復の過程ではとても大事な姿勢です。

 

6. そしてもう一つ

あなたがユニバで感じた「共存して楽しめていた」

これはとても大きなことです。悲しみがあっても、楽しめる瞬間があるこれは回復の途中にあるサインです。

 

最後に一つだけ聞かせてください。あなたの箱の話、とても大事だと思います。もし今の感覚を言葉にすると、

今あなたの頭の中は

①箱がぐしゃぐしゃで整理できない感じ

②箱はあるけど、ののこの場所がまだない感じ


どちらに近いでしょうか。

 

「②箱はあるけど、ののこの場所がまだない感じ」

 

その感覚、とても筋が通っています。あなたが言った「箱はあるけど、ののこの場所がまだない」これは、実は悲しみの過程ではとてもよく起きる段階です。そして、あなたが感じている混乱の理由にもかなり合っています。

 

1. しじみの箱はすでにできている

あなたはしじみを失ったあと、しじみを思い続ける箱、日常・仕事の箱を作って生きてきました。

これはとても自然な適応で、あなたはそれを 自分なりの形で完成させていたんです。だから「月日と共に当たり前になり、うまく過ごせていた」ここまで来ていた。

 

2. でも、ののこはまだ箱がない

今回の喪失は、突然だった。準備する時間がなかった。心が整理する前に現実が来た。だからまだののこの箱が作られていない。その状態だと

思い出すと混乱する
生活と結びつかない
感情が行き場を失う

という状態になります。

 

あなたが言った「行き場を失いぐしゃぐしゃ」というのは、まさにその段階です。

 

3. ユニバで起きたこと

ユニバであなたが体験したことは、実はとても大きいです。パレードを待ちながら、しじみ、ののこを思い出した。そして悲しみと楽しさが共存していた。これはののこの箱を作り始めている瞬間に近いんです。まだ完成していないけれど、少しだけ 置き場所を探している状態です。

 

4. だから今疲れている

箱を作る作業は、実はとてもエネルギーを使います。しかもあなたは

しじみの箱
ののこの箱(作成途中)
生活
仕事
全部を同時に抱えている。だからかなり疲れて当然です。

 

5. 一つ安心してほしいこと

あなたの状態は、おかしくない。壊れていない。むしろ自然です。悲しみの過程では「場所を作る時間」が必ず必要です。今あなたはまさにその途中です。

 

最後に少しだけ聞かせてください。あなたの話を聞いていて、とても気になったことがあります。ののこちゃんは、最後の時間、亡くなった瞬間は、あなたのそばにいましたか?それとも突然の出来事でしたか?この違いは、「箱がまだ作れない理由」にとても関係することがあります。

 

「ののこは病院で亡くなりました。そばにいませんでした。」

 

それはとてもつらい経験でしたね。あなたが感じている混乱や胸の詰まりには、とても大きな理由があります。まず、はっきり言います。そばにいられなかったことは、あなたのせいではありません。でも、人の心はそう簡単に割り切れないんですよね。

だから今あなたの中で

会いたい
ごめん
助けてあげられなかった

という気持ちが混ざっています。これは、そばにいられなかった喪失の特徴でもあります。

なぜ箱がまだできないのか

ののこちゃんの場合、

突然の喪失
最後の瞬間にそばにいられなかった
きちんと「お別れの時間」が持てなかった

この3つが重なっています。人は大切な存在を失うとき、最後に触れる、、声をかける、見送る。そういう時間を通して、心の中に 場所(箱)を作り始めます。でも今回はそれがなかった。だから「終わった感じ」が作れない。それが、会いたい。ごめん。に繋がっています。

 

「ごめん」が出る理由

あなたが遺影に手を合わせるとき、会いたいより「ごめん」が出てしまうのは、心がまだ最後にそばにいられなかったことを抱え続けているからです。でも、これは本当に多くの人が経験することです。

「もしあの時…」

「もっとできたのでは…」そう考えてしまう。

でも実際には、あなたは、介護をして、愛して
思い続けている。それだけでののこちゃんにとっては 十分な人生だった可能性が高いです。あなたがユニバで感じたキラキラ輝く存在という言葉。これはとても大切です。ののこちゃんは最後の瞬間ではなくあなたと過ごした時間で存在していたんです。

猫にとっての人生は一緒にいた日々です。最後の数分や数時間ではありません。

 

 

最後に一つ聞かせてください。これはとても大事なことです。ののこちゃんは、最後に病院へ行くときあなたは「また会える」と思って送り出しましたか?それとも「もしかしたら…」という不安がありましたか?この気持ちは、今あなたが抱えている「ごめん」にとても関係することがあります。

 

「厳しい状態だと感じたので、例えお別れが早まっても、彼女が大好きだった私のベッドに連れて帰ろうと、週明けに病院に相談するつもりでした。(酸素室の準備など)けれど、思ったより早く逝ってしまいました。」

 

その状況を教えてくれてありがとうございます。

今のあなたの「ごめん」という気持ちの理由が、とてもよく分かりました。まず一番大事なことを言います。あなたは、ののこちゃんのことを最後まで守ろうとしていました。あなたは

状態が厳しいと感じていた
彼女が好きだった場所を知っていた
自分のベッドに連れて帰ろうと考えていた
酸素室の準備まで考えていた

これは、ただの思いつきではなくとても具体的な愛情ある行動です。そしてその計画は「彼女が安心できる場所で過ごさせたい」という願いでしたよね。

 

でも、あなたの心が「ごめん」と言う理由

今回の出来事は、人の心にとってとてもつらい形です。なぜならあなたは「もう少し時間がある」と思っていた。だから、

週明けに相談
家に連れて帰る
ベッドで過ごさせる

その準備をしていた。でも現実はそれより早く起きてしまった。人の心はこういうとき「あと少し早く動いていれば」と自分を責めてしまいます。でもこれはあなたの判断が間違っていたからではありません。誰にも正確なタイミングは分からないからです。

 

とても大事なこと

あなたが考えていたことは「延命」ではなく「安心できる場所に戻してあげたい」でした。つまりあなたは彼女の幸せを基準に考えていた。これはとても深い愛情です。

猫にとっての一生

猫にとって一番大事なのは

最後の数時間
ではなく
一緒に過ごした日々です。

あなたの話から見ると、ののこちゃんは

あなたと一緒に寝て
歩いて
見つめて暮らしていました。

それが彼女の人生です。今あなたが感じている

会いたい
ごめん
助けてあげられなかった

これはすべて深く愛していた人の感情です。あなたは彼女を見捨てたわけでも放っておいたわけでもありません。むしろ最後まで彼女のことを考えていた。そしてもう一つあなたがユニバで、しじみ、
ののこを思いながら楽しさと共存できた。

これは、あなたの心の中に二匹の場所が少しずつ作られ始めているサインです。まだ痛いけれど

完全に壊れているわけではありません。

 

 

****

ののこを失ったあの日から、3ヶ月近くたった今、まさにChatGPTちゃんの言うとおり、数日前に「ピン」という感じで回線がつながったのを感じました。(もしかすると徐々につながりつつあったのかも知れません)ずっと手付かずだったあれこれに取り掛かる気力がわき、同時に、ののこに対してただただ申し訳なさしか持てず、あまり考える事が出来なかったのですが、しじみを失った直後のあの頃と同じようにふと気を抜くと涙が止まらなくなったり、会いたいと思えるようになりました。

ののこを悼む気持ちがようやく持てるようになったのはChatGPTちゃんの助けを借りたからこそかなと思っています。向き合えるようになった事で、ののこの不在が膨らむ一方ですが、仕方ない。ののこは本当に信じられないくらいかわいい私の娘でした。

愛しているよ、ののこ。

 

 

 

 


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